戦争で供出された「初代ハチ公像」はハチの存命中に完成!作者はどんな人?

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初代のハチ公像

わんにゃん王国でも何度か取り上げたことのある、渋谷の忠犬ハチ公

(参考:渋谷の顔『ハチ公』)

現在も渋谷駅で飼い主の帰りを待ち続けているハチ公像は、実は2代目の銅像です。
最初のハチ公像は、ハチ生存中の1934(昭和9)年に作成され、除幕式にはハチ本人(本犬)も参加していましたが、その後戦争による金属物資の不足が深刻化し、金属類回収令により撤去され機関車の部品となってしまったのです。

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(画像出典:Photock)

渋谷の待ち合わせスポットとしてあまりにも有名なハチ公像ですが、その知名度とは裏腹に、最初の銅像の作者や銅像が作られた経緯についてご存知の方は、あまり多くないのではないでしょうか?

 

ハチの生存中に完成した「初代ハチ公像」

初代のハチ公像を制作したのは、鹿児島市の西郷隆盛像の作者としても知られる彫刻家の安藤照(あんどう てる/1892(明治25)年~1945(昭和20)年5月25日)氏でした。
急死した飼い主・上野英三郎博士を、死後も渋谷駅まで毎日迎えに行き、通行人などからしばしば虐待やいたずらを受けていたハチは、日本犬保存会の初代会長・斎藤弘吉氏の寄稿が新聞に掲載されたことから「忠犬ハチ公」として広く知られるようになりました。

帝展彫刻審査委員も務める彫刻家の安藤照氏も、ハチの美談に感動した1人だったのです。
彼は斎藤弘吉氏と知人関係であったことから、ぜひハチの銅像を作りたいと希望し、「日本犬保存会からの依頼」という形でハチ公像を作成することになりました。

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(生前のハチ公/画像出典:Wikipedia「忠犬ハチ公」)

この時にモデルとなったのは、まだ存命中だった本物のハチでした。
当時ハチは、ハチを子犬時代から可愛がっていた上野家出入りの植木職人・小林菊三郎氏の代々木富ヶ谷の自宅に飼われていたため、初台にあった安藤氏のアトリエまで小林氏が連れて通っていたのです。

 

なぜハチの存命中に銅像が完成したの?驚きのその理由

さて、先述したように初代ハチ公像の除幕式は1934(昭和9)年4月21日に行われ、銅像の除幕式にはハチ自身も参加しています。
動物の銅像が存命中に建てられるのは、非常に珍しいことです。
なぜハチの銅像は存命中に完成させられたのでしょうか?

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(画像出典:いらすとや)

実は安藤照氏がハチ公像を製作中に、悪質な詐欺と呼ばざるを得ないような事件が起こっていたのです。
なんと「ハチに関する件を全て上野家から託された」と自称する人物が現れ、美術院同人の大内青圃に「ハチ公の木像製作を依頼するための資金集め」として絵葉書を売り始めたのでした。

安藤氏はこれをなんとか阻止するために、早く銅像を完成させなければならなかったのです。

こうして完成した初代ハチ公像でしたが、日中戦争・太平洋戦争による金属物資の不足から金属供出の対象となり、製作者の安藤照氏も東京大空襲によって亡くなってしまいました。
終戦後、息子・安藤士(たけし)氏によって2代目ハチ公像が作られた話は、また別の機会にお話ししたいと思います。

petofuku編集部

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